綺麗と美しいは違う

「綺麗と美しいは違う。美しいものは人をとらえる。こころを込めないと美しいものは作れない。」
TVで見たある職人さんのことばです。
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「綺麗と美しいは違う。美しいものは人をとらえる。こころを込めないと美しいものは作れない。」
TVで見たある職人さんのことばです。
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過去の記憶は修正されるのではないかと思っていたので、下に7月20日付神戸新聞の「水の透視画法/偽作の記憶を生きること」(辺見庸)からの抜粋を載せました。猛暑とか熱中症とかが怖くて家に閉じこもっていて、引用が多いかなと少し気にしています。
原作(註:インド夜想曲)のなかでタブッキは記している。「記憶はおそるべき贋作者だ」。私にいわせれば、みずからの偽作としての記憶を、それと気づかずに生き生きと生きてしまう生き物、それが人間である。そして忘却。時に耐えない記憶の退色。それでも人は記憶を現在の都合にあわせて整合しようとする。だからタブッキによれば「過ぎ去った現実は、大体において、実際にそうだったよりも改善される」のだ。過去をねつ造するのと過去を忘れること ― それが人であるあかしなのだろうか。
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大相撲名古屋場所は、白鵬が連勝を47に伸ばし、史上初の3場所連続全勝優勝という偉業を達成。しかし賭博問題で、優勝力士に与えられる最高の栄誉、天皇賜杯を日本相撲協会が自粛し、NHKが生中継を中止するなど淋しい場所となりました。
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ラグビーとサッカーの直接的なルーツはイングランドの中世のフットボールにあり、「ラグビーの祖先はサッカー」という通説は間違いだという記事がありました。わたしは今まで通説を刷り込まれていました。
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舞台は桜宮市から東京へ移り、主人公は「冷徹な魔女=クール・ウィッチ」とあだ名される帝華大学医学部の曾根崎理恵助教。一般病院の医師不足や産科医減少の原因にメスを入れつつ、不妊治療に代理出産という難問がテーマの物語が展開します。
理恵は教室を見回す。
「つまりみなさんはお母さんの中から五百万分の一、お父さんからは五億分の一の狭き門を突破してきた遺伝子のエリートたち、なんです」
理恵は学生たちの顔をひとりひとり見つめながら続ける。
「五体満足で生まれ落ちることがどれほどの奇跡か、半年の授業でわかってもらえるとうれしいです」
理恵は窓の外を見る。陽射しは冷たくて、明るい。
「なぜならそうした理解の積み重ねこそが、授かったいのちを大切にする、ということにつながっていくのだから・・・・・・」

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最近、シャープがAQUOSのCMで「4原色革命」を謳っていますが、下はイラストレーター・アニメーターの真鍋博の絵本「自動車じどうしゃ」を紹介する7月18日付神戸新聞「アートする絵本たち」からの抜粋です。
カラー印刷というのは青、赤、黄、黒の4色の網の重なりでできています。普通、その各色の濃淡を重ねていくことで、わたしたちが眺めている、絵や写真の複製としての印刷物になるのです。
真鍋は黒の細い線で輪郭を引き、その内側にフラットな色面を作るために色指定をする。つまり原画は黒い線の絵のみなのです。真鍋はこの方法論を極めた作家でした。
近代日本のカラー印刷技術の向上は、真鍋と印刷現場との長年の闘いの上に成り立っていたと聞いたことがあります。
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前から時々調子がおかしくなっていたサーモシャワー混合器の温水が出なくなりました。と思ったら翌日、シャワートイレの温水タンクのあたりから突然水漏れです。トラブルは続くものです。プロに頼んで新品に交換しましたが、次は何が故障するのでしょうか?
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たまたま「幸せ」にかかわる引用が続きます。スミマセン。下は7月7日付神戸新聞夕刊に掲載された奈良・薬師寺長老の安田暎胤さんの「山田無文老師の思い出」と題する随想からの抜粋です。
感謝は健康の元で妙薬となり、怒りは病気の元で猛毒となる。
人間は誰でも幸せを求めているが、幸せは感謝するところにある。感謝は遠くに求めなくても、身の回りにある。例えば一人で歩ける、文字が書ける、話せる、茶碗と箸を持って食べられるなど。できて当然と思う中に感謝することが多くある。山田無文老師から感謝の大切さを学ばせていただいた。
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7月12日付神戸新聞夕刊に掲載された、山田洋次監督の映画「幸福の黄色いハンカチ」の制作回顧談は、こんなことばで終わっていました。
日本はこの30年、人間同士のきずなを断ち切って効率化する方向にどんどん進み、経済発展してきた。だが今は経済が破綻して不安な時代に。この映画で描いたように、人と人とのつながりがいかに幸せなことかを知ってほしいですね。
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「みんな、正解を知りたいんだよ。正解じゃなくても、せめて、ヒントを欲しがっている。だから、たとえば、一戸建てを買う時のチェックポイント、とか、失敗しない子育ての何か条、とか、これだけやれば問題ないですよ、っていう指標に頼りたくなる」
「確かにそういう部分はあるよね」
「でも、人生全般にはそういうものってないでしょ。チェックポイントとか、何か条とかはない。自由演技でしょ。だから、誰かに、『この修行をすれば幸せになりますよ』とか言われると、すごく楽な気分になると思うんだよね。どんなに苦しくて、忍耐が必要でも、これをすれば幸福になれる、っていう道しるべがあれば、やっぱり、楽だし。だってさ、わたしたちって子どもの頃から、やることを決められているわけじゃない。生後何ヶ月検診とか、六歳で小学校へ、とか、受験とか、考えなくても指示を出されるわけでしょ。不良少年が卒業式を迎える段取りだって、あると思う。それがある時、急に、自由にどうぞ、って言われて愕然としちゃう」
「それが宗教ってこと?」
「そういう宗教もあるってこと」伊坂幸太郎「砂漠」
“これでいいのだ”は亡くなった赤塚不二夫さんのことば。「人生に正解なんてないさ。上等。大丈夫。」という感じでしょうか。
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