余部鉄橋が消える!
兵庫県北部の香住から浜坂に向けてR178を走ると、今までに見たことのないような景色が突然現れる。これが余部鉄橋だ。鉄橋の下には5~6台の駐車スペースとトイレのある公園?があり、案内板と列車の通過時刻表が設置され、案内板にはこう書かれている。
「余部鉄橋(あまるべてっきょう)
この鉄橋は、明治45年(1912年)に2年の歳月と33万余円の巨費、延べ25万人の人夫を投じて完成された。建築様式はトレッスル式鉄橋で当時の鉄道院技師古川晴一氏などにより米人技師の意見を取り入れ設計された。トレッスル(橋脚部分)の資材はアメリカより送られて来て余部沖でハシケに移し陸揚げされた。山陰本線施設では最大の難工事であり、この鉄道の完成により事実上の山陰本線の開通となった。(明治45年3月)
高さ41メートル、長さ309メートルの規模は当時、東洋一としてデビューしたが現在でもトレッスル式鉄橋では日本一の規模を誇っている。
昭和61年12月の折からの強風による、列車転落事故は全世界の人々を震撼させた。
犠牲者の方のご冥福をお祈りします。」(原文のまま、縦書きを横書きに変更)
JR西日本は事故後の88年、鉄橋の風速規制を強化した結果、運休や遅延が相次ぎ定時運行確保が問題となった。そして、ついに架け替えられる見通しのようだ。経済性か景観かの二者択一ではない知恵を期待したいものだ。
参考にさせていただいたサイト
毎日新聞ニュース速報
余部鉄橋の定時性確保対策
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